特定技能制度:2024年度に4分野追加 - 背景と業界への影響

 2019年4月に創設された在留資格「特定技能1号」は、深刻な人手不足に直面する産業で外国人を即戦力として受け入れる制度です。この特定技能制度について、政府は2024年3月の閣議決定で自動車運送業分野、鉄道分野、林業分野、木材製造業分野の4分野を新たに追加しました。

 これにより、トラックやバス・タクシーの運転手、鉄道の保線や車両整備、森林管理・伐採、製材・木材加工など、従来は受け入れ対象外だった業務で外国人材の受け入れが可能となりました(2024年4月19日から実施)。本稿では各分野ごとに対象業務・要件追加背景(人手不足状況)外国人受入れによる業界の変化・課題、および採用時の留意点・支援ポイントを詳述します。

自動車運送業分野

対象業務・制度要件

 特定技能「自動車運送業」分野では、トラック運送業、バス運送業、タクシー運送業の3業種で外国人ドライバーの受入れが可能です。具体的には、貨物や旅客を運送するドライバー業務(大型トラックやバス・タクシーの運転)に従事できます。外国人がこの在留資格を得るには、日本語基礎テスト(JFT Basic)か日本語能力試験N4以上(バス・タクシー運転手の場合は3級)に合格し、自動車運送業分野特定技能1号評価試験(筆記試験)に合格する必要があります。さらに、受入企業側には道路運送法上の自動車運送事業者であることや「運転者職場環境良好度認定制度」等の取得、特定技能協議会への加入および新任運転者研修の実施などが求められます。また、特定技能人材は国内の運転免許を取得しなければならず、実質的に日本での運転免許証取得(外免切り替え)が前提条件となります。

追加背景(人手不足の現状)

 自動車運送業界は長時間労働に対する規制強化(いわゆる「2024年問題」)やドライバーの高齢化により人手不足が深刻化しています。例えば労働時間規制の導入により、ドライバー1人当たりの走行距離が減少し、物流体制に混乱が生じる懸念が報じられています。政府はこうした背景を受け、運送業界の人手不足対策の一環として特定技能制度に自動車運送業分野を追加しました。政府見通しでは、2024年度から5年間で自動車運送業分野での特定技能外国人は最大約24,500人受け入れられる想定です。

受入れによる変化・課題

 外国人ドライバーの受入れにより、慢性的な人手不足の緩和が期待されます。実際にバスやタクシー業界でも運転手不足の事例があり、観光客向けのインバウンド輸送で需給逼迫が指摘されていました。一方で課題もあります。まず安全確保の観点から、日本の道路交通法に習熟させる必要があります。例えば、日本で運転免許を取得させるための支援(教習所手配・費用負担等)や、日本語による安全運転教育が欠かせません。また、言語・習慣の壁によるコミュニケーション不足、取引先企業との連絡や運転指示の理解ミスなども課題です。

採用時の注意点・支援ポイント

 企業が外国人ドライバーを採用する際は、まず応募者が日本で運転免許を取得可能な資格・条件を持つかを確認してください。企業側においても、Gマーク(貨物自動車運送事業安全性評価事業)の取得が必須であるところ、貨物軽自動車運送事業(軽貨物運送業)はGマーク取得の対象外であるため特定技能外国人の受入れができない点に注意が必要です。採用後は、日本の道路規則や交通文化に慣れるよう研修を行い、資格取得手続きをサポートするとよいでしょう。なお特定技能1号は通算5年の在留期間であり「家族帯同不可」です。長期的には、特定技能2号への移行ができないことから、5年後の新規採用や帰国後の再受入れ計画も視野に入れることが重要です。

鉄道分野

対象業務・制度要件

 鉄道分野の特定技能1号では、保線・軌道整備、電気設備整備、車両整備、車両製造、運輸係員(運転士・車掌等)の5つの業務区分が設けられています。特に開始当初は「電気設備整備区分」向けの評価試験が実施されています。外国人が働く場合は、日本語試験(JFT/JLPT N4相当)と分野特定技能評価試験の合格が必要です。受入企業は鉄道事業者であり、法令順守体制や支援体制の整備、協議会への加入が求められます。

追加背景(人手不足の現状)

 鉄道業界も人手不足が深刻で、「終電繰り上げ」や「列車減便」などの事態が一部で発生しています。これは、線路を維持管理する保線作業員の不足や、乗務員の不足によるものです。こうした課題を受けて、政府は「輸送の安全確保」を前提に鉄道分野を特定技能の対象に追加しました。

受入れによる変化・課題

 保線や電気設備点検、車両整備などの作業で外国人材が加わることで、安全確保に寄与する見込みです。一方で、安全性と技術レベルの確保が重要です。鉄道は厳格な安全基準で運営されるため、高い専門知識・技能が求められます。採用前に経験者を優先し、教育訓練期間を設ける必要があります。

採用時の注意点・支援ポイント

応募者には鉄道技術に関する適性や身体条件を十分確認し、社内研修で技能を高める必要があります。法令上の要件を満たすとともに、外国人の生活やメンタルヘルスへの配慮も必要です。生活支援では、寮の手配や相談窓口の設置など、サポート体制を整備することが重要です。

林業分野

対象業務・制度要件

 林業分野における特定技能1号の対象業務は「育林作業」「素材生産作業(伐採・集材等)」です。山林での苗木植え付けや下刈り、間伐、伐採、集材といった現場作業が主な職務となります。特定技能として就労するには、日本語能力(JFT-BasicもしくはJLPT N4以上)と、林業技能評価試験への合格が必要です。受け入れ企業には、森林組合や林業事業体としての登録、労働安全法に基づく安全教育の実施、適切な装備の支給と生活支援体制の整備が求められます。

追加背景(人手不足の現状)

 林業は従来から高齢化と担い手不足が深刻な業界です。日本の森林資源は伐採期を迎えているものの、伐採・搬出作業を行う人手が足りず、木材の有効活用が進んでいません。とりわけ地方の中山間地域では人材の確保が難しく、国産材の供給拡大にブレーキがかかっています。こうした状況を打破するため、林野庁が中心となって外国人材の受け入れが制度化されました。

受入れによる変化・課題

 外国人材の受け入れによって、伐採や集材など体力が必要な作業を安定的に継続できる体制が整います。現場では一定の習熟が求められるものの、機械化も進みつつあり、技能の習得は比較的短期間で可能な場合もあります。一方で、山間部での作業は危険を伴い、重機操作や伐採技術など高度な安全意識とスキルが必要です。外国人労働者にとっては作業環境が厳しく、孤立感や不安を抱えやすいため、企業側の丁寧な支援が求められます。

採用時の注意点・支援ポイント

林業の現場では事故リスクを下げるため、現場研修・安全教育の徹底が不可欠です。また、山間部での生活が基本となるため、住居の確保、交通手段、日常生活のサポート体制を整備する必要があります。外国人にとっては言語だけでなく、地域社会との関係構築も大きな課題になるため、生活面の支援は登録支援機関と連携しながら計画的に行うと効果的です。

木材製造業分野

対象業務・制度要件

 木材製造業分野では、製材・合板製造、集成材やCLTなどの加工、乾燥処理、機械操作・保守、検査・梱包などの工程が対象となります。これらの作業を担う外国人が特定技能1号として在留するには、日本語試験とともに「木材製造業特定技能評価試験」に合格する必要があります。企業側は労働安全管理、適正な職場環境整備、必要に応じた日本語研修や作業指導を行う体制を持っていることが前提です。

追加背景(人手不足の現状)

 ウッドショック以降、国産材の活用が注目され、木材製造業への需要は高まりつつありますが、現場での人手不足が深刻です。特に地方の製材工場では若年層の確保が難しく、設備はあるものの稼働率が低い状況が続いています。また、技能実習制度によってこれまでも一部外国人労働者は就労していましたが、より長期的・安定的な受入れ制度として特定技能制度が導入されました。

受入れによる変化・課題

 製材加工や合板製造の分野では、一定の作業をマニュアル化しやすく、外国人材でも比較的早期に戦力化が見込めます。単純作業に留まらず、技能の蓄積によって中堅人材として成長していく可能性もあります。ただし、機械操作や高温・騒音のある環境などでの作業もあるため、衛生管理・安全管理には特別な配慮が必要です。適切な作業着の支給や定期的な健康診断、コミュニケーションを重視した現場運営が鍵となります。

採用時の注意点・支援ポイント

 木材製造分野では、言語の壁を超えて正確な作業指示を伝えることが重要です。ピクトグラムや図解マニュアルの整備、現場指導者への外国人対応研修などを実施すると効果的です。また、夜勤や交代勤務がある場合には、生活リズムの管理や福利厚生の充実も意識しましょう。技能実習からの移行者も多く見込まれるため、社内の受入体制を一層強化することが成功の鍵となります。

まとめ:制度拡大は「選択肢の拡大」 - 中長期的人材戦略の一環に

 今回の特定技能制度の4分野追加は、単なる人材確保策ではなく、労働構造の持続可能性を高めるための制度的転換と位置付けられます。企業にとっては「人手不足の解消」と同時に、「多様な人材を受け入れる文化の構築」という課題に向き合う契機とも言えるでしょう。採用活動の成功には、正確な制度理解と、法的・文化的な配慮に基づく支援体制の構築が不可欠です。行政書士や登録支援機関と連携しながら、外国人材の適正な受入れと育成を進めることで、企業の持続的発展にもつながります。